2012/02/25

プロの仕事

評判は聞いていたもののなかなか行けなかったペンクリニックにやっと行ってきました。ペンドクターは川口明弘氏です。セーラーのプロフェッショナルギアが期待したほどの書き味でないように思っていたところ床に落としたときペン先を傷めてしまったようなので気になっていたのですが、調整後は別の万年筆のようなスムーズな書き味となって驚きました。もう1本はクロスのタウンゼントで、こちらは初期調整でさらにスムーズで安定した書き心地になりました。万年筆が持ち味をいちばん発揮する角度がはっきりしたといえるでしょうか。ペンを持つ手と指先が安定する印象です。調整に要した時間はほんの2~3分で、それだけでこんなに変わるものかとペンドクターの技に脱帽です。
先週末はAAC(Augmentative and Alternative Communication:拡大・代替コミュニケーション)を活用した障害のある子どもたちの教育・支援を研究している大学の先生と話をすることがあって学び直しの機会になりました。テクノロジーを実生活の中で活かすには支援者が文脈を構成することが不可欠です。もちろん、日常生活で使うものだからウィットに富む要素が大切。だから彼の講演はとても面白い。特別支援教育がたまらなくかっこいいものに思えてくる。家族みんなのQOLが上がる。そんな特別支援教育が展開されるように私もしっかり仕事をしていきたい。
その人の車はアルシオーネSVXというと誰だかわかってしまいますが、私もSUBARUに乗る一人として昨日は車の話も少々ながらディープな領域にわたって堪能させていただきました。好きな車には乗れるときに乗るものと思いました。

2012/02/12

2月の日曜日のポコ・ア・ポコ

2月の日曜日のポコ・ア・ポコは13家族のみなさまに来ていただきました。会場はいっぱいの感があっていつしか寒さを忘れるほどの躍動感がありました。でも、静の共有はしっかりできて、最後の大きなシャボン玉は文字通り食い入るほどの集中力で見守りました。このときの拍手は誰からともなく文字通り湧き上がるように広がりました。3月はお休みをいただきます。4月は新年度となります。2か月の子どもの成長は大きいので私も4月のポコ・ア・ポコを楽しみにしています。
今夜のNHK-ETV特集「坂本龍一・生命の森の交響曲」は音楽のひとつの原点を考えさせられる番組でした。音楽の成り立ちは音だけではないと思いました。このところ音のない世界について考えることがあって、それだけに樹の声なき声を音楽にするプロセスは興味津々でした。そして、音と同じくらい映像にも関心があることを確信した次第です。デジタル技術が人や樹の感性を浮き彫りにする。

2012/02/05

音楽の授業参観

昨日は小学校の公開研究会に行ってきました。小学校の授業の場は13年ぶりです。3年生と5年生の音楽を参観して子どもはやっぱりかわいいと思いました。3年生は私が小学校で最後に担任した学年で、おとなの感覚では考えられない発想やちょっとした仕草はほんとに楽しい。今、子どもたちとのかかわりはポコ・ア・ポコの音楽療法の場面だけで、それはそれで大切な学びの機会ですが、定型発達の子どもたちの姿をしっかり認識しておくことも同様に大切と思いました。それは「通常の学級に在籍する特別な支援を必要とする子ども」という視点からの気づきにとどまらず、どの子もともに育ち、社会でともに生きていく姿や場面を思い描き、意識しながら教育を進めることのバランス感覚の大切さです。それは、指導技術についても「通常の学級に在籍する特別な支援を必要とする子ども」というフレームを超えた新しい普遍的な視点を発見させてくれる。
音楽の授業を参観して音楽療法から学んだ音楽についてあらためて考えました。そのひとつは音楽には王道があるということです。音楽もまた芸術たる所以でさまざまな斬新な歩みが試みられていますが、音楽には一定の安定を指向する頑とした一面が常にある。ドミナントエンジンに代表される音楽の構造はバッハの頃と比べて何ら変わってはいない。それは、音楽に対する人間の感覚が変わっていないからなのですが、成長期の子どもたちが学ぶ音楽だからこそその王道に気づく場面をつくりだしたいところです。
公開授業は音楽の表現を深めるための演奏の工夫の観点のひとつとして「速さ」がありました。ミュージック・ケアでおもしろいのは、録音された一定の速度の同じ音楽を使っているのに動作によってその音楽が速くも遅くも感じられることです。その教室には「目」という字や「耳」という字が大きく書かれた紙が掲示してありました。ミュージック・ケアは感覚の統合を積極的に活用することで、場の設定や人の動きも表現を深めるひとつの大切なファクターとしています。今、私が通常の学校の音楽の授業を担当する機会があるとしたら小学校勤務の頃とはちがう音楽づくりを子どもたちとするものと思います。
今日、インプレッサのオイル交換に行ったらフラッシングを勧められて割引期間ということもあってオーダーしました。その間、ガラス越しに見えるピットではウィンドウにカラーフィルムを貼っていて、その見事な作業ぶりに見入ってしまいました。まさに職人の技です。技術は人から人へと伝えられるものですが、教えられることと自ら学ぶことでしか身につかない部分は必ずあるもの。今日、ピットで作業していた人たちはその誰もが職人の域で仕事をしているように見えました。すごいものだと感心していたら勧められるままに車検の予約をしてしまいました。
そういえばと思い出したのは、先週のNHK「プロフェッショナル」のGoogleのエンジニアでした。chromeの開発の一部が六本木ヒルズで行われていることを初めて知って驚きました。シリコンバレーでなくわざわざ日本にオフィスを置くところが多様性重視の表れかと思う。エンジニアたちの個性豊かな響きあう感性が如実に伝えられているところにも惹かれました。また、登場するコンピュータも興味深く観ました。そのほとんどがMacでThinkPadが少々、モニタはDellとHPという“お決まり”でした。デスクトップのキーボードはThinkPadとPFUがあってこれもそうそうと思いました。私自身も年明けからDellのノートを使い始めてMacとWindowsの差異は違和感を感じるほどではなくなっていることに気づきました。それはWindowsがMacに近づく方向でと感じています。この番組からはそんなハードもソフトも、そして、なんといっても登場するエンジニアたちから伝わるエネルギーに近未来に向かう人間の知恵と強さが感じられて見応えがありました。
DELLのXPS14ZのSSDモデルはコストパフォーマンスが高く、Sibelius7をモバイルで使うことを主な用途と思っていたのですが、SSDの超速ぶりにメインマシンとなりつつあります。起動は20数秒、ブラウザの表示もこれまでは何だったのかと思うくらい。デザインはMac風との陰口もあるようですが、14インチのモニタを13インチクラスの筐体に組み込むアルミボディの凝縮感は密度の高さがそこかしこに感じられて小気味よい。キーボードのタッチはThinPad風でこれもなかなかのもの。キーボードのベースはグレーの塗装がしてあって、これはちょっと無粋ですが、手から体温が奪われにくいというメリットがあります。そして、何といってもSSDは衝撃に強くて安心感があります。バッテリーも実動数時間はいけそうで心強い。こうなると次はホームサーバーを置きたくなります。今、手頃なネットワークハードディスクを見つけたので無線ルーターにつないで試しているところです。iTunesの音楽をどのパソコンでも聴けるようにすること・・・できるかな?
フラッシング後のインプレッサはエンジンのノイズが驚くほど小さくなって振動もまた然り。「新車のようになります」とはこのことかと実感した次第です。

2012/01/15

1月の日曜日のポコ・ア・ポコ

1月の日曜日のポコ・ア・ポコは8家族のみなさまに来ていただきました。1か月に1回のセッションなので子どもたちの成長にはハッとさせられることがあります。体がぐんと大きくなった子、しっかり待てるようになった子、そして、お母さんもゆったりと過ごされるようすをたいへんうれしく思っています。今日はそんなシーンがいくつもありました。最後に大きなシャボン玉がゆっくりと落ちてくるようすを身じろぎもせずにしっかり見届けることができた子どもたちの成長ぶりに、何かいいことがありそうな新年を予感させられる思いがしました。

2012/01/04

「アデルの恋の物語」の小道具たち

「アデルの恋の物語」は1976年に日本封切りですからもう35年も前の映画で、イザベル・アジャーニがブレイクしたフランソワ・トリュフォー監督の作品です。当時、学生のとき京都で観た映画の中でもっとも印象的な作品のひとつです。物語も然ることながらアデルが書店で紙を買うときに出す大きな硬貨が鮮明に記憶に残っています。年末、30年余ぶりにDVDで観た「アデルの恋の物語」でもその硬貨の大きさとカウンターに置かれるときの大きな音を確かめることができました。そして、今回はアデルの茶色の革の手袋が目につきました。この映画は他にも小道具がいろいろと印象的です。アデルが束で買い求める紙はペン先から出る荒々しい音でその生地の粗さを伝える。そうして書き綴った筆記体の美しさは物語の深淵のほどを想起させ、登場人物たちが身につける衣服はそれぞれの“正装”で確固たる意志を表す。物語はアデルが精神を病んでいく姿を追い、美しい字も衣服も次第に乱れていきます。この映画のメッセージは今となっては釈然としないところがあるものの、イザベル・アジャーニの熱演と効果的な小道具の使い方などが映画という媒体の表現構造に観る人を惹き込むのだと思います。
“正装”といえば映画「アンタッチャブル」も私が注目する作品です。エリオット・ネス役のケビン・コスナーもマローン役のショーン・コネリーもまるで着こなしのお手本のような映画です。ケビン・コスナーはスーツとトレンチコート、ショーン・コネリーはツィードのジャケットが決まり過ぎだ。そして、当時としては当たり前の帽子が実にかっこいい。これも年末にDVDを買い求めて“復習”をしました。この映画はエンニオ・モリコーネの音楽も素晴らしい。こちらは1987年封切り。

2012/01/02

新年あけましておめでとうございます

新年あけましておめでとうございます。本年もポコ・ア・ポコ共々よろしくお願いいたします。
新年早々カラオケで坂本冬美バージョンの「また君に恋している」を聴いてビリー・バンバンが聴きたくなりました。ビリー・バンバンは私よりもひと回り上の世代で私が小学生の頃のデビューです。iTunes Storeでは「また君に恋してる」「君の詩」「白いブランコ」の順に人気があるとのこと。歌詞は二の次で音楽を聴いてしまう私にとってビリー・バンバンの歌はなぜか歌詞を聴き込んでしまいます。訳ありの歌、そう思わせる歌い方が実に巧みだ。そんな体験がなくても自分のことのように思い出してしまうような心もちになってしまう。ビートルズにも学生運動にも遅れて生まれた世代、それが長い間私の中でしこりのようになっていました。そのせいか音楽も少し前の世代の音楽を聴き込んでしまうときがあります。
年末年始の休暇はパソコンのメンテナンスの時間ですがMacBook ProのHDD換装を10月にすませてしまったのでちょっと気の抜けたところがあります。それでも大須界隈は足の向くまま半日歩きました。Macを使いながらもWindowsが気になるのは自作のおもしろさを知っているからだと思います。タワーのIBMとDellはいくつかのパーツを入れ替えたり増設したりして勉強になりました。もう十数年前のことです。「自作パソコンは必要だから作られるのではなく、作りたいから作られる」とは「詩と真実」です。どうせならモンスターのようなマシンを作りたいもの。部屋の隅にあくまでも静かに佇んでブルーのあやしい光がゆらめく高性能マシンがいい。そうなるとOSはWindowsでもMacでもLinuxでも何でもいいと思う。そう思った今日の大須でした。
数日前までウェーベルンを聴いていたのに今夜はベートーベンを聴くという変わり身の不可思議さ。アバドが振る「英雄」はスピード感がたまらない。

2011/12/29

iPhone4S etc

2か月待ってiPhone4Sが来ました。iPhone3GSの設定やデータをMacにバックアップしてiPhone4Sに移行しました。2年4か月使った3GSは故障もなく使用上のストレスもなかったのですが32GBの容量がほとんどなくなっていたのでiPhone4Sの64GBは頼もしい限りです。また、モニタは驚くほど精緻で反応も速い。マットブラック塗装のハードケースに入れるとGOLLAのケースから不意に滑り落ちることもなくホールド感もなかなかのもの。モニタ面は3GSと同様に保護シートを貼らずに精緻でスムーズな見え方と反応に直に触れるようにしています。こうしたインターフェースやデザインは本来の物理的な性能以上に大切だとつくづく思う。呼び出し音は引き続いてアメリカのテレビドラマ「24 CTU」のインターコムです。「ピピッ・パッ・ポー」という音は心持ちを引き締める。
先週末に自宅のテレビをやっと薄型に買い替えました。店頭では付加機能を比べながらも最後は画面のきれいさで決めました。ほどよいシャープネスとコントラスト、華やかながらも疲れない程度の色彩。画面の設定で調整できるもののハードの“もって生まれた資質”は根本的に変わらないと思っています。ハードの仕上げのチューニングはメーカーの哲学です。私のチョイスは銀塩フィルムでいうと富士フィルムのプロビアだと思い当たって、プロビアの設定が腑に落ちた次第です。写真フィルムメーカーのノウハウは実は相当なものと思っています。結果、29インチのブラウン管から40インチの液晶になりました。画面は細部までくっきりと映し出して発色もよく、映像の造り込みの意図までもが伝わってくる。観ていて考えることが多くなった。しかし、録画しても観る時間がない(>_<)学生の頃、NHK-FMの「現代音楽の時間」のテーマ曲はウェーベルン編曲のバッハ「音楽の贈り物」で印象的でした。先日、その曲が無性に聴きたくなって探したのがブーレーズ指揮の「コンプリート・ウェーベルン」でした。いっしょに買い求めたアンドレアス・シュタイヤーの古楽も緻密な音楽です。隅々まで整った静謐な音楽は時間の流れの速さまで変えてしまいそうに思う。

2011/12/18

12月の日曜日のポコ・ア・ポコと冬支度

12月の日曜日のポコ・ア・ポコは9家族のみなさまに来ていただきました。子どもたちひとりひとりの表情やしぐさ、お父さんお母さんのまなざしのメッセージが瞬時にいくつも行き交うひとときでした。セッションの中で自分の居場所をきちんと見つけることができる場の文脈の提供がミュージック・ケアの真髄です。先輩のお母さんから子育てのヒントを学ぶ場面もあって、ご参加のみなさまのご理解に感謝しています。
急に寒くなって雪マークが天気予報に登場、これはたいへんと、昨日、タイヤをスタッドレスに交換しました。インプレッサのスタッドレスタイヤは10月に用意したもので、やっと出番というところです。インセットの調整に3mmのスぺーサーを入れてガソリンスタンドで空気圧を調整して終了。ついでに久しぶりに洗車もしました。パール系ホワイトは汚れが固着しにくいのか、ずいぶんきれいになりました。それだけ汚れていたとも言えますが、今回は禁断のコンパウンドを部分的に使いました。濡らしたウエスに少量のコンパウンドを含ませて必要最小限に擦るのがポイントだと思う。念入りに洗車をした後はやはり走行感がちがう!? 冬支度を終えて、さあ、どこかにドライブという時間がないのが残念です。
冬支度もまた味わい深いものがあって、北へ向かう心もちになります。それは、暖かく、温かいもの、手の込んだもの、ずっと大切にしたいもの、追い求めたくなるもの、身近なところでの再発見につながる営みでしょうか。これはクリスマスや正月が冬にある北半球の感覚かも知れません。もっと寒くなれ、と思う。
今夜の「ソロモン流」は押切もえでした。太宰治を読み、絵を描き、ダンスを習い、ワインのスペシャリストのライセンスを取得する多彩な時間の積み重ねがモデルの実力の幅を広げ、魅力を深める。どのシーンも雄弁な瞬間足り得る映像の理由がそこにあるのでしょう。「ポジティブは大事」「すごく、前、ネガティブだったから、私の人生何だったのだろうと思って、この考えがダメだと思って、全部前向きに取ろうとおもって」と語る。彼女も努力する才ゆえの今日の姿なのだ。

2011/12/11

THE CELTIC CIRCLE

今日は三重ミュージック・ケア研究会の研修会でした。25人のみなさまのご参加をいただきました。午後は会場の三重県いなば園の入所のみなさまとのいっしょのセッションで実践そのものを学んでいただけたものと思っています。志のあるみなさまの今後のご活躍を期待しています。
会場との往復ではインプレッサのナビのHDDに「THE CELTIC CIRCLE」の2枚を録音しました。このCDは数年前にワゴンセールで偶然見つけたもので、音楽は中身が濃くてそうそう聴けたものではありませんでした。ところがこの秋から冬にかけて急に身近に感じられるようになってきていました。きっかけはLady Gagaの音楽で、ケルトの音楽もその原型のひとつとなっているように思います。チャイコフスキーも北への指向を感じさせ、ケルト音楽もやはり北の荒涼とした風景を思い起こさせる“重さ”があるように思います。ブロンテ姉妹の『ジェーン・エア』や『嵐が丘』が未だ知らない北の地の荒涼とした風景を印象づけるのと似ている。インプレッサで聴くと水平4気筒の動感と不思議にマッチしてディープなドライブです

2011/11/27

11月の日曜日のポコ・ア・ポコ

11月の日曜日のポコ・ア・ポコは8家族のみなさまのご参加をいただきました。いつもご参加いただくみなさまで、しっかりとプログラムを追って“安定”したセッションながらも毎回の新鮮さがありました。1か月に1回のセッションですが、子どもたちどうしの社会性の築きもできていきます。最後の大きなシャボン玉を見つめあうときもあれば今日のように誰かが割ってしまうこともありますが、それをすっと許せるようになってきています。次はきっと見つめあうことと・・・おっと、それはそのときにならないとわからない。そのときの関係性から生まれるものです。
先々週、気温が下がり始めたので裏地付のスーツを着たらその重いことに驚きました。こんなに重かっただろうかと。歳のせいかも知れないと思いましたが2~3日で慣れてきました。コートも着始めてすっかり冬の装いです。冬はいろんな服を着ることができてちょっとうれしい季節です。

パール・バック『母よ嘆くなかれ』

音楽療法の研修資料で前に作成したスライドからパール・バックの引用を使うことにしました。ポール・ノードフ、 クライブ・ロビンズ著、望月 薫訳『障害児教育におけるグループ音楽療法』(人間と歴史社 1998) に寄せたパール・バックの「序」の一部です。 遅滞のある、ゆっくりと考える人た...